
Agape International
Christian Fellowship
私が命じられたとおりに預言すると、息が彼らの中にはいった。
そして彼らは生き返り、自分の足で立ち上がった。
非常に多くの集団であった。
エゼキエル 37:10
大阪府枚方市にある、バイリンガル(日本語・英語)で日曜礼拝を行っている
小さな単立のキリスト教プロテスタント教会です。
すると、主は私に仰せられた。
「まだ若い、と言うな。
わたしがあなたを遣わすどんなところへでも行き、
わたしがあなたに命じるすべてのことを語れ。彼らの顔を恐れるな。
わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ。
―主の御告げー」
エレミヤ1章 7 節 8 節
問題が起こってから
新しい未知の世界に進んで行こうとする時、そこで起こるかもしれない問題にどう対応するか、あらかじめ考えて備えて行くことはよいことです。だからといって、起こるか起こらないかわからない問題にどう対処するかばかり考えているなら、そこに進んで行く楽しみは薄れ、警戒ばかりして、そこに行って新しいものを存分に楽しむことはできないでしょう。
この世は、私たちに“先行きの備え”“いざという時の安心”を口実に先のことを心配させ、“将来のために”色々な物を買い揃えさせ、ビジネスがうまく行くように巧妙に働きかけてきます。そして一度心配を始めると、岩が斜面を転がって行くように、心配はつのりながら勢いを増し、増幅して行きます。そして先行きの心配は、今ある安心までも奪い取って行くのです。
現地の状況がなかなかわからない状況で、私もフィリピンに行く前まで色々な心配がやってきて、そういった事柄に備えるため様々なことを調べ、対応策を考えました。しかし、心配して考えれば考えるほど次々に、「では、もしこうなったら、ああなったら、」ときりがなくなり、その時、まるで後ろから誰かが語りかけてくるかのように「あなたの信仰はどこにあるのか?あなたは主に信頼して進むのではないのか?」という声が聞こえる感じで、私は我に返りました。「そうだ。信仰者は、問題が起こっても、そこで落ち着いて主に信頼し、その時に、その問題に対応すれば、いつも主が知恵と勇気を与えて、適切に対処できるようにして下さるのだ!」という真実を思い出しました。明日の心配ではなく、その時に神の国とその義を第一に求めて歩むことこそ、主が私たちに命じておられることです。
フィリピン宣教旅行は、まさにその真実を証しする出来事ばかりでした。先の問題を心配するより、いつも神の御国と義を第一に求め、歩みましょう。
Pastor Takeshi