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  • 執筆者の写真: AICF Japan
    AICF Japan
  • 2023年6月1日
  • 読了時間: 2分

私たちが日頃当り前のように利用している道。けれども、道は勝手にあるのではあ りません。誰かがその道を作り、またその道を管理し、維持しています。道がなければ、とても困るからです。よい車を持っていても、舗装された道路がなければ、ほとんど役に立ちません。いえ、舗装されていなくても、もしも道がなければ、私たちはどこに行くことも出来ないのです。恐らく、当り前のように道が整えられている環境で生活している私たちにはピンとこないかもしれません。

もしも道が壊れたら、使えなくなったら、私たちは道がどれだけ貴重なものなのか 痛感します。皆さんの家の前の道が、水道管の工事か何かで通行止めになったら、どんなに困るでしょう。洪水や地震などで、いつもの道が失われたら、生活することにも色々と支障をきたすことでしょう。道があるから、人は出かけることができ、帰ることができます。物を運ぶことも、人を招くこともできます。道が目的地とつながっていることは、とてもありがたいことなのです。\

イエスは、「わたしが道である」と言われました。この方は、生ける道なる方で、 十字架を用いて、死からいのちの世界に通じるトンネルを開通させ、天国に通じる架け橋を完成させました。その道は、アスファルトやコンクリート、鉄などの、錆びたり朽ちたりする素材によってではなく、生ける御子イエス自身による道なので、決して壊れたり失われたりしないのです。必ず、神の栄光という目的地につながっている道なのです。

イエスは、私たちの人生における確かな道です。この方に信頼して生きる時、八方 ふさがりのような困難な状況に陥っても、必ず脱出の道が開かれ、素晴しい神の栄光へと通じて行くのです。この月も、イエスを道として歩みましょう。

Pastor Takeshi

 
 
 

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