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「永遠に」?

  • 執筆者の写真: AICF Japan
    AICF Japan
  • 2023年7月2日
  • 読了時間: 2分

「永遠に」という言葉は、この世の中でも色々な場面で使われます。そして多くの場合、人々はそれを喜んで受けとめ、そして同意します。人間の内には、本来神の似姿に似せて造られたゆえの“永遠の性質”が備えられているためです。しかしながら、その創造主なる神に反抗して罪を犯した結果、人はこの“永遠”には属さない存在になってしまいました。 これは神が“永遠”の中に罪を一切関わらせない為の知恵の処置なのです。 ですから、原罪を持つ罪人の私たちにとっては、残念ながらというか幸いにというか、永遠とは無縁です。私たちは朽ちるものであり、ひとときのものであり、変わり行くものなのです。世の結婚式では「永遠の愛」が誓われますが、その約束はすぐに忘れられ、あるいは破棄され、または憎悪に変わることさえあります。そのようなことが起こって愛が失われてしまったなら、一緒にいることは苦痛になり、もしそのような相手と“永遠に”過ごさなければならないとしたら、まるで地獄の生活のようなものです。 “永遠に”にふさわしい存在は、神を除いては他にありません。いえ、神こそ永遠そのものの存在です。神には移ろいもなければ衰えも老いもありません。昨日も今日もとこしえまでも同じ方なのです。この方が、すべてを統べ治め、永遠を維持されているのです。生も死も、この方によって完全に治められているのです。 御子を受け入れる者は永遠の光の世界に、御子を拒む者は闇の世界に、この世の命のあとに移されて行きます。この世は、本当に一時なのだということをいつも覚え、そして永遠の世界に移る備えの世界なのだということを認めて、今日を、この週を、この月を生きましょう。世にあっては、何も永遠ではありません。良いことも、悪いことも、一時なのです。神を見上げて歩みましょう。 Pastor Takeshi


 
 
 

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