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なぜ不完全なものを?

  • 執筆者の写真: AICF Japan
    AICF Japan
  • 7月1日
  • 読了時間: 2分

神についてよく聞かれる疑問です。「神が完全なら、どうして不完全なものを造ったのか?神が全能者ならば完璧なものを造れるだろう。つまり神は完全ではなく、神も人間と同じように時々失敗して不完全なものを造ってしまったのではないか。」そしてその疑問の行き着く答えは、「つまり、私は神の失敗作ということか。」というものです。


神の全能さ、神の完全さ、神の確かさを知るほどに、神の愛の深さを知るほどに、このような浅はかな答えは覆されて行くのです。知識によるのではなく、神の愛を現実に味わうと、完全にひっくり返ってしまうのです。


この世界が完全ではない、不完全なのだ、と思うのは、社会や世界のあるべき完全な姿を知っている者が言うことです。つまり、あるべき世界として完成していないと思う者が、この世界は不完全だと主張するのです。確かに、神を中心としていない世界が不完全であることは当然と言えるでしょう。つまり、そのような事実を、実は人は知っているのです。

 

他方、完全な人が集まったら完全な世界が完成する、と人は思うのです。ある意味で、それは当たり前かもしれません。神はそんな当たり前な普通の世界をつくりたいのでしょうか?神のなさることは退屈なことなのでしょうか。とんでもありません。感動と不思議と素晴らしさに満ちたものです。 


不完全なものを組み合わせて、完全なものを完成されるのが、神の完全さ、不思議な御業なのです。教会は、それを証しする存在なのです。不完全な者たちが集められて、キリストの絶対無条件のアガペの愛、完全な愛によって互いが愛し合うように変えられ、完全な神の家を形成して行くのです。そのプロセスも実に独特で、不可能と思われることが次々に完成されて行くのです。これこそが、完全な神の為さる完全な愛の御業なのです。

Pastor Takeshi

 
 
 

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