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不器用なEメール

  • 執筆者の写真: AICF Japan
    AICF Japan
  • 2022年9月1日
  • 読了時間: 2分

昨日、AICFの働きに対してのS兄からの感謝メールがAICF皆に送られてきました。一生懸命感謝の気持ちを伝えようと、得意でない文章作りを考えに考えて言葉を選び、二時間程かかって書き上げたそうです。ところが、それを送信する時、誤って消去ボタンを押してしまって、時間をかけて作り上げたメールがすべて消えてしまったそうです。なんということでしょう。

このような経験がありますか?私も、何度かそのような一生懸命に作った文書が誤操作やパソコンの不具合で消え去った経験がありますが、その時はやる気までが消えてしまい、再び同じものを書くことはできないものでした。ところがS兄は、十五分くらい茫然としていたのですが、そこから気を取り直して、さらに数時間かけて感謝メールを作り直し、深夜までかかって完成させ、そうして送ってくれたのです。なんという忍耐と根気でしょうか。

最初に彼が記した感謝メールはどんなだったでしょうか?それも読んでみたい好奇心に駆られますが、一生懸命作ったメールが完全に失われてなお作り上げたメールは、なんと美しいものでしょうか。それこそが感謝と愛の結晶であり、S兄の気持ちそのものといえます。しかし文章の文字や文体ではなく、そのメールそのものの心を読み取ることができる人はどれくらいいるでしょう。文法や語彙の適切さなどをもとに彼の文章を読もうとするなら、それはとても高価な宝石なのに、その入れ物が粗末で不出来なものだからと安っぽいものとみなしてしまうのと同じです。

キリストの十字架も同様です。世的な、肉的な目で見るならば、十字架は敗北であり、恥であり、みじめであり、ただの無残な死でしかありません。しかし神の視点から十字架が見えるようになってくるならば、それは偉大な神の力であり、勝利であり、いのちであり、希望であり、愛と義の光なのです。

私たちは土の器ですが、キリスト者の内には神の宝なる聖霊が納められています。世にあっては要領が悪く、不器用な者です。しかしだからこそ、偉大な神の御業は、そのような信仰によって不器用である者に豊かに現わされるのです。

Pastor Takeshi

 
 
 

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