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無気力な時

  • 執筆者の写真: AICF Japan
    AICF Japan
  • 2025年6月1日
  • 読了時間: 2分

どうにも気力が湧かない時があります。頭では、そのことをしなければならないとわかっていても、どうにも心がついて行かないのです。できれば人と会って話したくない、愛想笑いをしたくない、元気なふりもしたくない、けれどそんな心の状態を正直に打ち明けるような気持にもなれない。まさに鬱的な症状ということができるでしょう。


にもかかわらずです、そんな状態であるにもかかわらず、礼拝に集い、主を賛美することを選び、そのままの自分を主にゆだねて行こうとするならば、何か不思議な新しい力がどこからか湧いてきて、予想していなかったようなことが自分に起るのです。それは、まことに主が生きて働いて下さり、信仰によって歩もうとする者を慰め、助けて下さるという確証なのです。


旧約聖書の時代は今日のように精神科の専門医などいませんでした。鬱病という病名もありませんでした。もしあったならば、ダビデやエリヤも、またエゼキエルやエレミヤも、明らかに重い鬱病と診断されていたことでしょう。しかしながら、彼らは偉大な神の人として主に用いられ、人々に様々な大きな祝福を拡げたのです。それは彼らがいつも、主に信頼して、主を賛美して生きることを、自分の歩む道としていたからです。


私たちも、キリストを主と信じて生きる中で、色々な苦しみや傷み、悲しみや憤りを経験します。そのようなことが積み重なるならば、積極的な気持ちは衰え、無気力に取りつかれそうになりますが、心がついて行かなくても、信仰により賛美することを選びましょう。そうすれば、賛美の中に住まわれる主が、心を守って下さり、慰めて下さり、立たせて下さり、歩むことができるように助けて下さるからです。主を賛美して、御言葉に信頼し続けて歩みましょう。

Pastor Takeshi

 
 
 

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