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祈りよりも?

  • 執筆者の写真: AICF Japan
    AICF Japan
  • 2025年5月1日
  • 読了時間: 2分

祈りは、祈る人の信仰によって変わります。また祈る人の気持ちや状態にも、左右されます。祈る人は、心の中で神さまにできそうだと思うことを祈ります。神さまにどれぐらいのことができるのかと考えるのは、その人の信仰次第です。神さまにとって不可能なことは一つもないのですが、いつもそのとおりの信仰によって祈れるとは限りません。祈りを聞かれる神さまではなく、祈る私たちが神さまの力を制限したり限界をつくったりしてしまうのです。神さまへの祈りが、その無限の力を引き出すのではなく、引き下げてしまうことになるとは、なんという悲劇でしょうか。


それと対照的なのが、賛美です。賛美ができるか否かは、やはりその人の信仰によって左右されるのですが、賛美そのものは決して神さまの力を制限したりはしません。賛美は、神さまとその御業をただひたすらほめたたえ、感謝を捧げるものであるからです。そのような、全面的に神さまを全知全能の存在と認め、すべてが可能な唯一のお方と告白し、その素晴らしさを宣言する賛美の中に、聖霊なる神さまが豊かに働いて下さるのです。


イエスさまは地上で生活されていた時、絶えず祈っておられましたが、そのほとんどが賛美の祈りでした。苦痛と悲しみの極みであった十字架の上でさえ、詩篇22篇の賛美の祈りを捧げられたのです。いかなる状況下でも、イエスさまは天の父なる神さまに信頼され、賛美の祈りを捧げられたのです。それゆえ、父なる神さまは、御子イエスさまを死の中から引き上げ、すべての勝利者とされたのです。


どのような時にも賛美して歩めるように、祈りましょう。いつも賛美の祈りを捧げ、賛美の歌を捧げ、そして賛美の中に生きることができるように。賛美の中に主が住まわれるので、賛美しつつ生きるならば、それは主と共に生きることになるからです。

Pastor Takeshi

 
 
 

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