自分を作らない
- AICF Japan
- 2022年12月1日
- 読了時間: 2分
自分で自分を作らないように気をつけましょう。自分が“自分”だと思っている自分 を、私たちは作り続け、その中で優越感を持ったり卑屈になったりしながら、神に向かって誇ったり不平を言ったりするのです。 私たちは、自分を自分の前に置いて見つめる時、あまりよいことがありません。世の中は、「自分を見つめよ」と自分に焦点を当てるように言います。しかし私たちは、自分をよく見るなら、色々なものが見えてしまうのです。よいものばかりでなく、よくないものもたくさん見えてしまうのです。そして、よくないものが見えてくると、よいと思えていたものまで、よくないものに見えてくるのです。そして私たちは、自分が“罪人”だと思い知り、落胆して生きることになってしまいます。 しかしながら、そもそも私たちは神によって“非常によいもの”として造られました。聖書は、明確にそう証ししています。では、なぜ私たちは自分を“非常によいもの”として素直に見ることができないのでしょう。それは、自分で自分を作ろうとするからです。自分を自分の前に置こうとするからです。聖書は、自分を神の前に置くことを勧めています。 私たちは、神の前に自分を置きましょう。それはどういうことでしょう。最も具体的な方法は、日曜礼拝毎に、神の前にありのままの自分として進み出て、自分を神への捧げものとして捧げることです。礼拝とは、神の前に自分を捧げることで、それを賛美や祈り、献金という形で、感謝と共に捧げるのです。賛美が上手か否か、祈りが美しいか否か、献金額が多いか否かを自分で判断するのではありません。神が、信仰と感謝による心からの礼拝行為を喜んで下さるのです。 神の前に自分を置いて生きるようになる中で、人は自分の真実の姿がわかるようになってきます。そしていよいよ喜んで自分を神の前に差し出して生きるようになると、神が本格的に私たちの人生をご栄光のために完成して下さるようになって行きます。神を礼拝して生きましょう。 Pastor Takeshi




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